松葉ヶ谷雁信

Scroll

現世安穏 後生善処

私事ですが 今から12年前の8月の25日に故郷で本祝言を挙げました そして二人で身延にお参りして 東京やその他での挨拶回りをした後ハワイに戻って来たのは 9月7日でした 双方の両親が一週間後にハワイにくる予定になっていましたが いきなりキャンセルになりました 何故か それは9月11日に同事多発テロが起き 全ての空港が閉鎖になり 飛行機が全く飛ばなくなったからでした 両親は約一月後に来られましたが 9月11日のことは生々しい記憶として今でも鮮明に覚えています

先週の水曜日は その時に亡くなった方の13回忌でした 小川先生と私で当日回向しましたし 今日も改めて供養しました あの事件で約3000人余りの方が亡くなり 多くの人の人生が変わりました 私も 北米に赴任後2~3回グラウンドゼロに行く機会がありましたが ここで多くの方が一瞬にして亡くなったのかと考えると 胸がつぶれる思いでした 六年前に日蓮宗北米開教区の主催で グラウンドゼロに近いバッテリパークで7回忌の慰霊法要を行うことができたことは 大変有り難いことでした

多くの人の人生が変わったとお話しましたが その内の一人は ニューヨークの熊倉祥元上人です 熊倉上人は だいぶ以前から現在の師匠となる竹内上人に出会い 信仰を深めていました しかし 僧侶になることは考えられなかったそうです 現在でもそうですが 普段はリムジンのドライバーとしてニューヨーク市内を走り回っており 顧客はかなり有名な人が多く トヨタの社長もその一人だそうです その熊倉上人ですが ある朝マンハッタンを車で南下していると やけに低い高度で飛行機が飛んでいくのが見えました どうしたのだろうと思っていると そのまま世界貿易センタービルに突っ込んで行き爆発しました そうです 同時テロを間近で目撃したのでした 当然のこととはいえ そのことで熊倉上人はとても大きなショックを受け 出家を決意されたのでした それは 目の前で多くの人が犠牲となっている時に自分は何もできなかった せめて僧侶となって供養をしてあげたいと考えられたからだそうです それから 僧侶になるべく修行に励み 同時に塔婆を手作りしました 3000余り作った塔婆に犠牲者の名前を一人ずつ書き 毎日数十本ずつ読み上げ供養する日々を送っておられます

そのお話を直接ご本人から伺って 私は日蓮宗の教えを信仰していてよかったと思いました 何故なら 亡くなった人を弔う術があるからです 何年経っても人の死は悲しいことです その悲しみや痛みを癒す方法として法要があるのです 人によっては 亡くなったらそれで終わりで生きている人間にできることはないと捉え割り切ることができる人もいるかもしれませんし そのように教える宗教もあります しかし 多くの人はそう簡単に短時間で気持ちの整理ができないと思います

このような話を聞いたことがあります ある他宗派のお坊さんが 父親を亡くしました それほど悲しくはなく 淡々とお葬式などを済ませました それから10年以上経ったある日 あるメンバーのお葬式をしていた時 どういうわけか父親を失った悲しみが突然押し寄せてきて涙が止まらなくなってしまったそうです みなさんは 似た経験をされたことがありますか?よく言われることですが 人は意識していることだけが自分の気持ちではありません 無意識の内にいろいろな感情が心の中に溜まっていることがあります 溜まったものをそのまま放置しておくと 悪くすると 心の病にかかってしまうこともあるでしょう 法事は もちろん亡くなった人のために行うものですが それに参列する人のためのものでもあるのです 法事ではその人の悲しみやいろいろな気持ちを素直に表現してもよいと私は考えています ですから自分の気持ちを抑えることなく泣いてもらって結構だと思います

日蓮宗の法要の祈りでよく言われる言葉に 「現世安穏 後生善処」というものがあります これは 法華経第5章の薬草喩品の言葉で この世で安全に安心して暮らせますように そして死後はより良き世界に生まれますようにという意味です つまり この世でもあの世でも両方とも幸せになれますようにとの祈りであり 逆に言えば両方で有効な祈りであり 教えであるのです

熊倉上人の祈りは必ず犠牲者に届いていると思います 今日のお彼岸法要の私たちの祈りも先祖やテロの犠牲者にきっと届いていると思います 生きていても亡くなっていても届く祈りを持つ教えを信仰する喜びが私には強く感じられます

2013年9月15日