わさびとからし
約20年前に私が初めてハワイに来てびっくりしたことはたくさんありますが その中でも印象深く覚えていることは わさびとからしの使い方です 日本では 刺身にはわさび おでんにはからしと決まっています
ですが ハワイに来た時に刺身にからしを使い おでんにわさびと使うと聞いて仰天しました 日本の常識からすればありえないことだったのです 最初はどうしても納得できませんでした しかし 坊さんとして地元の食べ方を否定するわけにもいかず 我慢をしました 今では 刺身にからしが出ておでんにわさびが出ても ああハワイの食べ方だと思うだけで何でも美味しく頂いています 自分の常識や先入観にとらわれてそれ以外を否定することはよいことではありません その人の世界を敢えて狭くしているだけで それ以上の発展を望めなくなります皆さんよくご存じのことと思いますが 州議会で同性愛結婚が議論されています 同性愛結婚を支持するのかしないのかで大きな話題となっています 先日行われたハワイ仏教連盟の会議でもそのことが話題になりました 日蓮宗はどのような立場ですかと聞かれて 私は支持しますと答えました その理由についてお話したいと思います
日蓮宗が同性愛結婚を支持する理由は 法華経に同性愛に対する反対の記述がないこと 私の知る限り日蓮聖人の御遺文にも反対の記述がないこと 数年前に伝道局長名で 地元の法律が容認するのならば 日蓮宗は反対しないという通達を発しました また私個人の経験から 公共の福祉に反する行為とは言えず 積極的に反対する理由が見つかりません 以上のことから 私は同性愛結婚を支持します
日本仏教の歴史について少しお話をします
紀元後6世紀ごろ日本に仏教がもたらされました それから お坊さんは修行者であり 布教者ではありませんでした 10世紀頃になってやっとお坊さんは布教者にもなってきました それから19世紀までお坊さんはルールとして結婚することはできませんでした 6世紀から19世紀まで お坊さんの世界は 男だけの世界か あるいは尼さんだけの世界でした 両者の接触は少なかったようです しかし異性との接触が全くなかったかといえば そうではないようでした 日蓮聖人のご遺文には 女性と懇ろになっている不届きなお坊さんがいると書かれているものがあります つまり 女性と陰でお付き合いをするお坊さんがいること そしてそれが批判の対象になるようなことであったことがわかります 男ばかりの世界 女ばかりの世界と先ほど言いましたが 同性愛についてはどうだったのでしょうか 結論から言えば 割と一般的なものだったようです お寺という閉じられた世界の中で特に仲良くするカップルは結構いたようです 多分現代から見ると 理解できないかもしれません 想像以上に多くのお寺でこのようなことが起こっていたようです そしてそれは 全く時代背景や文化背景をことにした場所で起きたことで 現代のハワイに住む私たちがいろいろ述べるべき問題ではありません しかし 日蓮聖人の御遺文で この問題に明確に書いているものはないと思います 書いていないからないとは言い切れませんが 夫婦について結構書かれていることを考えると 日蓮聖人がそのようなことに興味がなかったか あるいは当時としてはあまりにも一般的で書くほどのこともないことであったかのどちらかだと考えられます いずれにしろ日蓮聖人にとって同性愛は批判の対象ではなかったといえます 浄土真宗を除いて 他の宗派のお坊さんが結婚するようになったのは19世紀の終わり頃 明治政府の通達により政治的圧迫を加えられたからです それは 明治政府が神道を国教とするために 低く見られていた神主の地位を上げようとしたのです そのため お坊さんの地位を下げようとしての政策でした その政策にお坊さんはまんまと引っかかりました 私も引っかかっていますさて 教義の上でもっと重要なことは 仏教には創造説がないことです 他の宗教では神が全てを作ったと教えているところが多くありますが そうするとどうしても矛盾が起きてきます 例えば 神が人を作ったのなら なぜ極悪非道の人が生まれてきたのか などです 一方仏様は すべてのものの中にある真理を悟られたのです 何か造られた訳ではありません 何も作っていないから 最先端の科学や技術と矛盾を起こすことがないのです その意味で 今後も何か矛盾が起きるとは考えにくく 安心して信仰する偉大な宗教であることがお分かり頂けると思います
同性愛ついては いろいろ検討すべき問題がありますが その内の一つは異質なものを受け入れない自分自身の心の問題があること しかし 教えとしての仏教は同性愛について否定するものではないこと むしろこのようなことに柔軟に対応できる仏教を安心して信仰すべきであることをご理解頂きたいと思います
2013年11月3日